不思議な体験談

スケトメの木

私の大学の授業で、各自の地元にまつわる民話や伝承を調べるという課題が出されました。
そのとき友人が、レポートには書けなかった不思議な体験を教えてくれました。
以下、友人の語りです。

私の住む町は、そんなに田舎でもないんだけど一応山がある。
で、その山の中腹あたりには、注連縄が張られた大きな木がある。
それは通称『スケトメの木』と呼ばれていて、
なんでも昔、この町に駆け落ちしてきた男女が、そこで自害したとかの云われがあった。
他にめぼしい物件もなかったので、私はレポートのテーマをこの『スケトメの木』に決めて、
役所の広報課の職員や、公民館のお年寄りたちに詳しい話を聞きに回った。
詳細を知る人は結構いたんだけど、みんなに共通して言えたのは、口が重いということ。
なかなか話を聞かせてくれなかった。
何度もお願いして、ようやく聞き出せたのが次の内容だった。

明治の中頃、あるところに助六とトメという相思相愛の男女がいた。
しかし、互いの家の事情で二人の交際は反対されており、ある日トメに他の男との縁談が持ち上がった。
思い詰めた二人は、とうとう駆け落ちして、この町に流れ住み着いた。
戸籍法ができて間もないその時代、二人は正式な結婚をせず、いわゆる内縁の夫婦という状態だった。
今でさえ、若者の同棲や内縁の夫婦を毛嫌い人が少なからずいるが、その時代、周囲の目はもっと厳しいものだった。
「汚らわしい、出ていけ」「やつらの感覚は狂っとる」
町の人々からの白い目や、迫害は徐々にエスカレートしていった。
家に汚物を撒かれ、顔に石を投げられ、服を切り裂かれたりした。
イジメや差別が一旦始まると、もう歯止めが効かなくなるのは、今も昔も変わらないようだ。

そんな中、トメの妊娠が発覚した。
未婚の男女の妊娠に、周囲の反応は更に激化した。
「どうせ生まれてくる子もロクなもんじゃない」
陰口や嫌がらせをされながらも、愛し合う二人は生まれくる命のために何とか我慢して町に居続けた。

しかし、そんな二人に神様までも残酷だった。
二人の赤ちゃんは、体に大きな障害を抱え、弱々しい産声とともに生まれてきたのだ。
小さな咳と吐血を繰り返し、わずか一日でその短すぎる生涯を閉じた。

絶望した二人は、ついに自らも命を断つことを決意する。
「来世では必ずみんな幸せになろう」
そう言って、赤ちゃんの小さな亡骸をトメの腹に縛り付けた。
木の枝に縄をくくり首を通すと、助六とトメは手を固く握り合いながら、今生に別れを告げた…。
二人は冷たくなってからも手を握り合った状態で、死体を降ろすのに大層苦労したらしい。

さすがに気の毒に思った町の神主が、この木に注連縄を張って二人の魂を祀ることにした。
二人の名前から、いつしか『スケトメの木』と呼ばれるようになり、今も神社が管理しているという。

…なるほど。詳しく聞くと、まるで町の人々が二人を追い詰めたととれなくもない。
いくら今より閉鎖的な時代とは言え、やりすぎのような気もする。
この町にとっては、あまり堂々と披露できるエピソードではないから、みんなの口が重かったのか。
話を聞き終えた私は、夕方になって、『スケトメの木』の写真を撮ろうと現場に向かった。

市役所からバスに乗り、徒歩と合わせて30分くらいで目的地に着いた。
実際ここまで近くで見たことはなかったが、想像よりは小さかった。
大学の中庭に生えている桜の木より少し大きいぐらいか。
しかし、木の幹をぐるりと注連縄が巡っており、それだけで神々しく見えるから不思議だ。
私はデジカメで何枚か写真を撮り、
そう言えば、もうちょっと山を上ったら神社があったな…と思い出し、話を聞きに行こうかと移動を始めた。
そのとき、頬に冷たいものが当たった。
雨だ。
うわー最悪。傘持ってないし、迎えに来てもらおう。
ポツポツ降り始めた雨はすぐに勢いを増し、豪雨になった。
私は木の下で雨宿りしながら、母に電話した。
『えー?お迎えー?お母さん忙しいから、お兄ちゃんに行ってもらうわよ』

電話を切って30分ほどすると、車道の方からクラクションが聞こえた。
車道に走っていくと、兄が不機嫌そうな顔で運転席に座っている。
雨は雷を伴って、ますます激しくなっていた。
こんな中、山道を運転するのは誰でも嫌だろう。
「お兄ちゃん、ごめんね!」
申し訳ない気持ちを精一杯声に表し、私は助手席に飛び乗った。
既に体がずぶ濡れだった私に、兄はバスタオルを投げつけて、こう言った。
「お前、友達も一緒なら先に言うとけよな」
は?何を言ってるんだろう?
兄の意味不明な問いかけに答えようと、運転席に顔を向けたとき…全身に鳥肌が立った。
後部座席に、ガリガリに痩せ細った男女が座っていたのだ。
ボロボロに破れた着物を着ており、全身ずぶ濡れだ。
男も女も髪が長く、その髪はべったりと顔に貼り付いており、表情はよく見えない。
いやいや…どう見ても友達に見えないでしょ。
今となっては冷静にツッコめるが、そのときは本当に体が固まってしまって、思考も停止していた。
兄もバックミラーで後ろの同乗者たちを観察し、ようやくその異常さに気づいたようだ。
目を見開いて、口をあんぐり開けたまま固まっていた。
このとき既に私たちの体の自由は奪われてしまったようだ。
ガリガリの男女は、骨と皮だけのような細長い腕をこちらにゆっくり伸ばしてきた。
何?何?何?やだやだやだ…!
女の氷のように冷たく固い指が、私の頬に触れた。
男の方は、同じく兄の顔に手を伸ばしている。
関節がゴツゴツ浮かび上がったその指で、私の顔をゆっくりゆっくり撫で回す。
気持ち悪くて、激しい目眩と吐き気を覚えた。
やがてその指は、私の柔らかい瞼をまさぐるようになぞると、無理矢理目を閉じさせた。
…私の記憶はここまでだ。

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